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どどめ色の闇鍋

色々な備忘録。平成仮面ライダーとゲームが多い。すべて個人の感想です。

「ダンガンロンパ3 -希望編-」および『アニメ「ダンガンロンパ3」』の感想・レビュー

アニメ 雑文

 

kame0game.hatenablog.com

 

kame0game.hatenablog.com

 

希望編も放映されて、これにてダンガンロンパプロジェクトもとい苗木VS江ノ島から始まったダンガンロンパは完結。
いままでの集大成ということでファンサービスは豊富でした。

 

で、このロンパ3は、ダンガンロンパシリーズをスピンオフ含めて追う熱心なファンに向けて作っていて、なおかつリアルタイムで追うことで120パーセントぐらい楽しめる仕様になっていたんだろうなあ。(公式サイトも回によって変更が加えられていたし)。
というか完結編と銘打っている時点でそうか。

なのでファン以外は確実に置いていかれる仕様。
ネタバレがすさまじいので、ロンパシリーズが気になる人はアニメからではなく2から始めてほしいところ。

 

あとは感想兼総評です。
はたしてロンパ3というアニメは放映されて良かったのか、それとも閉じたままゲームで終わったほうがよかったのか、どちらが好ましかったのかはもうわからん。
落ち着いたら加筆修正するかもしれない。

 

デスゲームものとしては50点、キャラものとしては150点をつけるのがダンガンロンパシリーズ。

そもそも女子高生が世界を滅ぼしたって時点でリアリティもクソもないけど、ロンパシリーズはキャラクターの魅力の演出が秀逸なんですよね。
今回のアニメで再確信。未来編の新規キャラの関係性は、とても良かったです。

 

『(悪趣味に)期待を裏切ることで、ある意味プレイヤーの「期待」通りに驚かせてくれて、ご都合主義はない酷なシナリオながらも最後に「未来」を見せる。』
ロンパの基本スタンスはそんな感じだと思っていて、そこがとても好きな部分だっただけにこの希望編は「ホントに同じスタッフが作ったのか?」と感じた。
御手洗にビデオ流させるためにコロシアイさせた天望や月光ヶ原さんの正体や朝日奈さんの死ぬ死ぬ詐欺など、『期待を裏切る』ためのブラフにこだわるのは「ロンパらしいな」と思ったけれど、今回のアニメに関しては「もっと大事なことがあるでしょ」と。

 

「ゲームとは違ってアニメだし多少は軸が違うだろ」にしても、同スタッフが関わっていないんじゃないかと思ってしまうまでに希望編は何だったのか。

 

77期生

まず日向たち77期生ですね。希望編Aパートで即復活してたのは「???!!!」。
いや、復活してほしいとは思ってたよ。2のエピローグで日向は目覚めたもののほかのメンバーがどうなったかはわからないし彼らは大罪を背負っているけど、きっと未来に向かって歩んでいくんだろうな、という余韻にひたってたよ。もしも目覚めたらどうなるんだろうなー、と色々想像もしてた。イジメでざんばらになっている罪木の髪は、目覚めて絶望から脱したらそろえるのかなとか妄想してた。
でもこの即復活は解せない。
即堕ちだったから即復活なんですか?シャレになってない。

 

AI七海と九頭竜の片目以外はほぼノーリスクで復活している77期生。
かたやコロシアイで半分以上のメンバーが死亡した78期生と未来機関。
コロシアイの犯人と2メンバーのあいだに関係はないとはいえ、どうしても失ったものの大きさに目がいってしまう。まあ、そこはいいや。
で、77期生復活の件で「ミリオンキラーだからずっと辛酸をなめて生きていけ!」って言っているわけではなく、あまりにも軽いんですよ。即復活、即活躍、即出港、バーベキュー。

ぜんぶカムクラがやってくれました!サンキューカムクラ。


いや……いや…いや…いや…いや…。
思えば絶望編の洗脳ビデオでイヤな予感はしていたけど、復活もここまで画一的とは予想はしてなかった。たしかに期待は裏切ったよ(悪い意味で)。
2から今回の希望編までの期間はせいぜい1年以内で、だとしたら1年以内にカムクラの才能を持った日向がどうにかこうにかして全員を復活させたってことじゃないですか。
だとしたら2の終盤で強制シャットダウンであんなに悩んだのはなんだったの……。

洗脳ビデオや即復活で思ったのは、血と汗と涙にまみれて倫理には反してたとはいえそれぞれの考えで行動して個性的な魅力を持っていた2キャラたちが、このアニメによって画一的な死んだキャラクターになってしまったのが悲しすぎる。過去も未来も画一的なんて、生きているって言えるのかな。

 

でも希望編Aパートで左右田にねぎらいの言葉をかけるソニア、罪木にお礼を言う西園寺、そしてBパートの苗木と狛枝の会話とか、そういう箇所は良かった。
ゲームで「ごめんなさい」が没ボイスになった西園寺が、この完結編のアニメで「ありがとう」を口にして、それはロンパ3アニメを見ててよかったとホントに思えるシーンだった。
絶望編のビッグバン日寄子はカワイイけどデカくなったら正直クソ女だな!と思ってただけに、「成長したんだな…」と思える希望編の西園寺は良かった。

 

御手洗

彼に関しては、「IFの苗木」「超高校級のアニメーター」という要素だけで構成したキャラなんでしょうね。
ゼロの小説ならではの記述トリックや、2のゲームオチなど、各媒体に合ったギミックを仕掛けているロンパなら、アニメならではの演出=洗脳ビデオにつながったのでしょう。
で、そのために生まれたキャラが御手洗。
そう考えると洗脳というギミックも、あんなに短絡的じゃなかったら受け入れられる気もした。2を作ったスタッフなら、3がアニメじゃなくてゲームだったらうまくできたんじゃないかとか、でもアニメじゃなかったらそもそも洗脳じゃなかったとかジレンマ。

 

希望編に登場する日向は、「カムクラ」と「もともとの日向」の両方を持ったハイブリッドで、彼が未来にむかって進んでいくという物語になるんじゃないかと予想。

そうすると絶望編最終話エノジュンの「絶望がないのも絶望」のように、『「絶望」に寄りすぎた「絶望編」』や『「希望」に寄りすぎた「未来編」』、極端にバランスを崩すのではなく光も闇も同じように存在して共立させていくのが好ましい、という答えに繋がりそう。
絆を重視して未来に進む選択をした「希望」の苗木と、「絶望」にも「希望」にもなりえるカムクラを受け入れた凡人でもあり才人でもある日向がいると物語がきれいに終わるんですよね。

 

(未来編の感想で書いた希望編の予想)

 

この予想はだいたい合ってて、『「絶望」も「希望」もどちらかに偏らず共立させていこう』というテーマは完結編にふさわしいものだった。尺の問題ですかね…やっぱり。

 

あと上記の未来・絶望編感想でも書いてるけど、ちさシアターにメチャクチャ期待してたので、アレがただのメタ演出だったのがショック。
ロンパってそういう演出はしないと思っていただけに、アレは一線超えてしまった描写だった。

 

まとめ

整合性を優先して死んだキャラになるよりは逆のほうが自分は好きだけれど、整合性以前に既存キャラのあつかいで納得できない部分が多すぎた。
ボクサーのラストのように、その瞬間だけ難点を真っ白にさせてのめりこめるようなシークエンスがあったら良かったけれど、過程すっとばしが多いために一種のうすらさむさを感じるシーンが多かった。
どうしてそんなムリヤリなハッピーエンドにしてしまったのか、ダンガンロンパにそんなご都合主義のハッピーエンドは求めてなかった。キャラクター各自の意思を尊重した「未来」のあるエンドにしてほしかった、たとえそれが一般的なハッピーエンドじゃなくても構わなかったのに。
完結編という枠に縛られすぎたのかな。

 

それと人間七海は出す必要があったのかな?と考えてしまった。
絶望編では悲惨なリョナだし、日向(カムクラ)と接点がもともとあったんだよ!をやりたかったのしても、なんだか人間体があることによって2の色々なことが重くなったり軽くなったりした。

 

語らない余地があってもよかったけど、パンドラの箱を開けちゃったもんはしょうがないし希望は残ったし新規キャラ好きになったしアニメはやって良かったと思いたいです。
2アニメ化に関してはやらなくてよかったです。あれはゲームだから良かったのであって、アニメという媒体だと1アニメ化のようなことになって、ネタバレ部分をまきちたかしただけになりそう。


未来編の新規キャラのあつかいは「これぞロンパ」というものばかりだったので、Ⅴ3は期待して購入します。
やっぱりロンパシリーズの持ち味である「バトルロワイアル・オシオキ・学級裁判・超高校級」の全部がそろったものにふれたい気持ちも強まっているし楽しみ。
でも、じつは希望ヶ峰学園と関係があったよ!とかもうこれ以上あとづけ設定でレ○プするのはやめてください。ホントに。

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