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どどめ色の闇鍋

色々な備忘録。平成仮面ライダーとゲームが多い。すべて個人の感想です。

『仮面ライダークウガ』の感想

雑文 特撮

つい最近、仮面ライダークウガを完走した。

ストーリーがとても良い。
ラストは複雑な気持ちになるが、爽やかで悲壮感を感じさせない。

そして、グロンギの存在について思うところがあったので書いておく。



コレ大好きなんですよね。
ドラえもんで有名な藤子先生(Fのほう)のSF短編集で、
すべて安定しておもしろいけれど、特に表題作のミノタウロスの皿』が、よく覚えている。

宇宙で遭難した青年が、謎の惑星に不時着。
美しい少女「ミノア」に助けられ、一命を取り留め、彼女に好意を持つ。
しかし、その惑星は「牛」と「人間」の立場が逆転した世界。
そして、ミノアは大祭の祝宴にて牛に食べられる「ミノタウロスの皿」だった。

そんなあらすじ。


その惑星では、牛が人間を食べるのは当たり前。

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さらに、「大祭の祝宴の皿」になるってことはものすごい名誉で、ミノアを含む周囲の人物たちも、誇りに思っているんだよ。
牛たちも一方的に人間を虐げているワケではなく、一種の情を抱いている。
にも関わらず、人間を食べる。



で、これが大祭を翌日に控えたミノアに「本当に食べられることが怖くないのか?」と青年が問いただすシーン。

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コレを挟んだ藤子F先生は、すごい。
コレが無かったら、ミノアをこっちの倫理とは遠くかけ離れた、それこそ一種の人外みたいに思ってしまう。

だけど、コレを見ると、ミノアはちゃんと恐怖を覚えたうえで、自分が食料になる事を享受して誇りに思っている。
「ああ…お互いにどうやっても価値観が違うし、こちらとは共存は出来ないのだな。」と思い知られるワンシーン。



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共感してるのに、どこまでもこちらの人間とは違うってところがね。

ミノワも青年に情愛みたいなものはあったと思うんだよ。
じゃなきゃ、こういう事を話さなかったと思う。
そこを含めても、とてもどうしようもない。



クウガの話

このままだと『ミノタウロスの皿』のレビューになるから、クウガの話。


クウガでも、第35話「愛憎」で、上記と似た気持ちになるカットが登場していた。
陰湿なやり方でゲゲルを行っていった『ゴ・ジャラジ・ダ』が登場している回だ。

該当のシーンは、五代がグロンギをボコる間、幼稚園児の少年ふたりは仲直りしているところ。
「人間同士は分かり合える」「しかし、どうやってもグロンギと人間は共存は出来ない」と思ってしまう。


リント(人間)の文化に関心を寄せるグロンギは存在している。
クラシックをゲゲルに利用した『ゴ・ベミウ・ギ』(人間態は、チャイナ服のねーちゃん)や、トラックを気に入った『メ・ギャリド・ギ』とか。
だけど、コイツら気に入ったものを殺人ゲームに利用しているからな…。


余談だけど、『ゴ・ベミウ・ギ』の登場する回の脚本は井上氏が担当している。
『555』の海堂の話といい、『キバ』のバイオリンといい、音楽が好きなのかな。



「薔薇のタトゥの女」と「一条」の関係性が面白い

関係性の描写が秀逸だった。

女性型怪人と男性警察官という組み合わせって、安易な発想だと恋愛感情を絡ませそうだけれど、ソレが無い。
というか、愛自体無い
上記のグロンギの考察からも共存の線は無いし。


だけど、「薔薇のタトゥの女」は一条に対しては、何らかの感情は抱いているんだろう。
だって、殺そうとしたら、いつでも殺せたし。
ゲゲルの管理人としてはダメだろうけど、その結果があの最期だし。


反対に、一条には「殲滅すべき怪人の一体」という印象しか無いだろう。
最期のグロンギ語が、そのままリントの言葉で発せられていたら、どんな思いを抱いたかわからないけれど。



そして、五代が「薔薇のタトゥの女」と対面した事は一度も無くて、
一条だけが「薔薇のタトゥの女」と対面した唯一の人間ってところも、おもしろい。

「薔薇のタトゥの女」が魅力的

「薔薇のタトゥの女」は、ゲゲルの進行によって衣装も変わって、だんだん神秘的な感じになっているんだよなー。
昔の作品の独特な雰囲気もあいまって、人外っぽさが強調されている。

特に37話の一条と対面する廃倉庫のシーン。
火花が降り注ぐなかで闊歩する「薔薇のタトゥの女」は、この世のものとは思えないほど幻想的。


誇り高い怪人って感じで、一条に対しても、殺しはしないけど攻撃されたらボッコボコに反撃している。
打ち所間違えたら死ぬよな、と思うが。
あー、それでも一条が自分に立ち向かってきたから、あのラストシーンがあるのかも。

まとめ

クウガを見終わって、考察や解説を見たら、いろんなことが明言されているんだよね。
本編は1から10まで語るスタイルじゃないから、よく分からない所もありながら、見ていたけどとても面白かった。


あと、暴力的でありながらも非暴力を訴えているスタイルはコレ彷彿させた。

コレはゴア表現が強いけど、読了したあと「暴力はダメだな…」と感じさせられた作品。

『それはまるで、目の前で暴力教師に友達が吹っ飛ばされるのを
見てしまって、急に真面目に生活したくなるような一瞬と似ております。』


おれの血は他人の血 (新潮文庫 つ 4-8) | 筒井 康隆 | 本 | Amazon.co.jpレビューより抜粋

引用だけど、この表現が適格。

それを踏まえてドライブ

「人間と人外の共存」は、仮面ライダーシリーズでは多く扱われているテーマで、それぞれ色々な解答を導いている。


で、ドライブを担当している三条氏。
担当した作品が『仮面ライダーW』しか知らないから違うかもしれないけど、
基本的に勧善懲悪スタイルを突き通している感じはある。王道的な。


ドライブって、「人間とロイミュードの戦い」つまりは「人間と人外の戦い」だから、
ロイミュード側の思想に触れられていると、個人的に好みだったけど、そういったウェットな描写は無さそう。


あくまで敵は敵、って感じで。
555並みに怪人側の葛藤を盛り込むと、ドロドロになっちゃうから難しい所。

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